[宇宙食]がスキ!
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[宇宙食]
がスキ!

profile

内田実佑

日本家政大学 4年 埼玉県出身。
宇宙飛行士を体の内側から支える宇宙食の魅力に気づき、外国製の宇宙食とは異なる、一汁三菜バランスのとれた『宇宙日本食』の開発を目指している。また、宇宙開発フォーラム(SDF)の副代表として、宇宙開発が抱える問題について文理複合型の議論の場を提供する(3年生時)。(以上は取材当時)

 今、宇宙が「熱い」。民間宇宙ロケット開発運動が起きたり、宇宙を題材にした漫画が人気を博すなど、これまで私たちの想像を大きく掻き立ててきた宇宙が、かつてなく身近な存在になってきた。そんな今日、インタビューをしたのは、宇宙開発を題材にした学生向け大型ワークショップ『宇宙開発フォーラム』を運営する内田実佑さん。普段は宇宙食の新開発を目標に栄養学を学ぶ彼女には、強く感じていることがある。それは「宇宙と私たちの日常は強く結びついている」ということ。宇宙を知れば、地上で生活する上で重要な考え方が身につくらしい。ではさっそく、宇宙を通して日常を見てみよう。

chapter 1

人を作る、必要不可欠な無駄

— 最初にお聞きしたいのですが、なぜ宇宙飛行士ではなく、宇宙食を通じて宇宙開発に携わりたいと思ったのですか?

一言でまとめると、人が生きていく上でご飯を食べる、という行為が非常に重要だと思っているからです。宇宙開発を実行するのは宇宙飛行士ですが、彼らの命を守るのは機械やテクノロジーよりも、本質的には宇宙食だと思っています。

— なるほど。食を通じて宇宙飛行士の身体的なサポートをしたい、という考え方、とても素敵ですね。

身体面はもちろんですが、精神面でも宇宙食は大きな役割を持っています。宇宙空間では、孤独感や緊張感、異文化人と生活するストレスは計り知れません。宇宙食は、それらを軽減することができます。

— 宇宙において、人間の心と体を作るという重要な役割を担う宇宙食。ひとつ開発し、実用化されるまでには膨大な時間がかかるようですね。

宇宙食には特別な加工技術が必要だったり、多くの検査をパスしなければいけませんからね。一方で、宇宙食は科学と食の融合を高いレベルで実現しているとも言えます。食を科学的に分析し、さらなる食や人類の発展に繋げようという、分子ガストロノミーという研究分野がありますが、そういったものの延長線上に宇宙食はあるのかもしれません。

— 科学と食の融合の成功例で言えば、完全食も出てきていますよね。生きる上で必要最低限の栄養補給が飲むだけでできるという。

あれは「食」と言えるのでしょうか…。完全食は寝食を削ってでもワークしたいというニーズを汲み取ったのかもしれませんが、食と向き合う時間があるということは、人が生きる上で無駄なことではありません。たしかに人類全体の生活レベルが変われば、それに応じて働き方は変わり、食の在り方も変わるでしょう。でも、食が持つ機能には栄養だけではなく、見た目がもたらす体験やコミュニケーションの機会を与えることも含まれています。それらを無駄と排除してはいけません。むしろ、それら必要の無さそうな要素が、私たちひとりひとりの個性を生み出しているのだと思います。私たちはご飯と共に生きているということを、改めて考えるキッカケになってほしいです。

— 完全食は粉末状ですが、宇宙食も、以前は無機質なチューブ形状でしたよね。

はい。宇宙開発先進国であるアメリカやロシアが開発していて、栄養補給以外の要素は全て排除されてしまっていました。しかし今では、彩の豊かさと栄養バランスを兼ね備えた宇宙日本食なるものが開発されてきています。人の心体を作る必要不可欠な無駄に多くの関係者が気づいてきた、良い傾向だと思っています。

chapter 2

小さき者の知恵を結集させる力

— ところで、宇宙日本食のメニューは、現在29品目。日本は食品開発技術が世界トップクラスの割に、これは決して多い数字とは言えません。なにか理由があるのでしょうか。

JAXAには食関係のアイデアがないため、民間企業との共同開発という形を取っています。日清食品やハウス食品など、国内大手がそれぞれ得意な食品を開発していますが、たしかにペースは順調とは言えません。その原因としては、JAXAが公募制を取っているところにあると思われます。あくまで、企業がボランティアで手を挙げてくれるのを待つというスタンスなので、開発スピードが上がらないのです。一方で、先ほども言いましたが、宇宙食と認められるには特別な加工技術が必要だったり、多くの検査で時間もコストもかかります。国の機関であるJAXAからすれば、他国の宇宙食でとりあえずまかなえている状況で、重い腰をわざわざ持ち上げようとは思いませんよね。

— なるほど。バリエーションが増えないのは、そういった原因があるのですね。また、日本食が栄養面で特に優れているとされるのは、様々な食材が一枚のお盆の上にバランス良くまとめられているからで、企業がそれぞれ得意な食品を作っている現状はあまり好ましくないように思えます。

この状況を改善するにはJAXAの姿勢を変えるだけではダメでしょう。システムとして改善するべきです。宇宙日本食でそれを実現するためには、例えばお米、お惣菜、お味噌汁、それぞれに特化した企業が手を組んで、それをまとめるのがJAXAという体制を整えていく必要があります。つまり、JAXAと企業との縦の繋がりだけでなく、企業同士の横の繋がりも作っていくということです。

— 国の機関は、民間の力を最大限高めるディレクターに回るべき、ということでしょうか。

そうですね…。いや、そもそも国の機関が介入すること自体が古いのかもしれません。これは普段から感じていることなのですが、宇宙に限った話ではなく、巨大なひとつの機関だけで大きな事業を回そうとすれば、視野が狭くなり、新しいアイデアは生まれにくくなります。縦横斜め、大小のいろいろな知恵を結集しなければ、革新的なものが生まれないのが今の時代ではないでしょうか。うまく言えませんが、小さき者たちのアイデアを結集し、実現させるリーダーが宇宙食業界にも現れて欲しいですね。

chapter 3

極限から日常へ

— —少し意地悪な質問をしてしまいますが、宇宙飛行士の方が地球に帰ってくると、車椅子で引き上げていかれますよね。宇宙食で健康面の管理をしているのに、そんなに弱ってしまうものなのですか。

宇宙空間における身体異常は深刻ですからね。無重力空間では強い筋肉や骨は必要なくなるので、筋肉が細くなったり、骨が脆くなります。あとは、循環器系の障害や、免疫力も低下します。宇宙食はそれをなるべく抑えるためにあるのですが、なにしろ極限空間ですからね…。

— それでも人は宇宙にいく…ロマンですね。ところで、今お話しされた症状は、そのまま高齢者にも当てはまります。

実は、宇宙空間におけるミッションのひとつに、宇宙食を使って健康管理がどのくらいできているかをデータとして集めるというものがあります。これは、高齢者が抱える健康問題と似た症状が起きる宇宙空間で、飛行士の方をサンプルにした実験です。つまり、宇宙食で彼らの身体異常が抑えられれば、高齢者にもっとも適した食物バランスを導き出せるということです。宇宙と日常が強い結びつきにある好例です。

— 正直、両者にここまで強い結びつきがあるなんて思ってもみませんでした。

…もしかすると革新的な開発には、そういう一見関係ないもの同士を結びつけて考えられるかが重要なのかもしれません。例えば、500系新幹線の先頭形状はカワセミのクチバシからアイデアを得て作られ、騒音問題を解決していますが、鉄の塊であるモビリティと自然界が結びつくなんて、一般的なエンジニアリングの視点では気づけないことだと思います。

— どうすれば気づけるのでしょうか。

そうですね…。自分ができているかはわかりませんが、常にアンテナを張って生活することは重要な気がします。きっと宇宙と日常のように思いもよらない関係性は、まだまだ世の中にはたくさんあるはずです。そして、結びついていない組み合わせの数だけ、発展の可能性があるということでもあります。当然、宇宙食も多くの可能性を秘めていますし、さらに開発の足を速めていかないといけませんね。

一見、真逆に位置する「宇宙」と「日常」は、たしかに強い結びつきを持っていた。内田さんの話の中には、日常生活における多くのヒントが隠されていたが、両者を高度なレベルで観察し、考察しているからこそ発見できたのかもしれない。
今後ますます目が離せない宇宙業界。いつの日か内田さんが、食を通じて宇宙へと飛び立つことを期待して、待とう。