[シーシャ]がスキ!
[シーシャ]がスキ!
00002 KOSUKE SAKAKIBARA

[シーシャ]
がスキ!

profile

榊原光祐

東京外国語大学国際社会学部トルコ語専攻4年 休学中 愛知県出身
シーシャバーでアルバイトの後、大学を休学し、シーシャバーの店長に。大学休学を延長し、ユーラシア大陸横断を計画中。(以上は取材当時)

 渋谷の路地裏にある、開店前のその小さなシーシャバーは、ビルとビルの間からこぼれ落ちてきた午前10時の日光を微かに燻らせながら、大柄な青年が目を覚ますのを静かに待っていた。この店の店長を務める榊原こうすけさんだ。格子状のシャッターの向こうに、ソファで寝てしまっているのが見えたが、電話の音ですぐに目を覚ました——。シーシャ。別名、水たばこ。イスラム圏に深く根付いているタバコの一種で、今都内でもシーシャを提供する飲食店が増えつつある。大学を休学し、密かなムーブメントの現場に身を投じている彼は、シーシャというものを通して、他者と向き合うことを軽やかに楽しんでいるように見えた。

chapter 1

サードウェーブ
コーヒー?だったら
シーシャも

サードウェーブコーヒー?だったらシーシャも

— そもそもシーシャって、
どういうものなんですか?

作る人によって味が全然違うんで、逆にそこが企業秘密になってて、詳しいことはあんまり言えないんですけど、こうやって、ニコチンを抜いたタバコの葉に香料とかシロップを加えたものを、専用のボウルに乗せて、その上に熱した炭を置きます。炭の種類だとか、置き方とか、温度調整の仕方で味が良くもなるし、悪くもなります。これを容器にセットして、パイプで吸うと、煙が中の水を通過して出てきます。タールは無くて、ニコチンもほとんど入っていません。味の面で言うと、ミント系とか、チョコみたいな味のフレーバーとか、とにかくたくさん種類がありますけど、定番は、ダブルアップルです。ちょっと吸ってみます?

— いいんですか。
ぜひお願いします。

そうそう、パイプに残った香りで味が変わっちゃうんで、ダブルアップルみたいな定番フレーバーには、同じパイプを使い続けてます。他のフレーバー用のパイプと吸い比べてみてください。

— あ!全然違う!アップル用に
使い続けているパイプの方が、
味が濃いですね。
こんなにも繊細に
味が変わるものなんですね。
そのコントロールは
高い技術が要りそうですね。

そうですね。例えば温度管理はすごく難しいです。温度や経過時間によって味が変わっていきますし、複数のフレーバーを混ぜる場合、最適な温度帯がフレーバーによっても違うので、そこを勘案しないといけません。その温度帯自体がものすごく狭いものもあったりするので、職人技って感じがありますね。

サードウェーブコーヒー?だったらシーシャも

— コーヒーを淹れる時の
お湯の温度で、
苦みが出やすくなったり
コクが強くなったりする
みたいなことに
通じるものがありますね。

コーヒーの感覚は近いかもしれませんね。中東の人たちにとって、飯食って、シーシャで一服っていう感じで、食生活の中に自然に組み込まれているんですよ。レストランの中でシーシャが吸えることが多いですし。

— なるほど。

ちなみに、トルコのシーシャは日本のと違って、混ぜないで吸うのが多いですが…

— コーヒーで言う
シングルオリジンみたいですね。

ええ、日本の場合はフレーバーを混ぜて使うことが多くて、ただその時に、味が強いフレーバーと味が出にくいフレーバーがあるので、単純に混ぜるだけでは美味しくなりません。微妙なバランスが大事です。それと、シーシャの味は単純な足し算で成り立つものではなくて、つなぎ役のフレーバーを加えないと煙がまとまらないなんてこともあります。

— ブレンドも奥が深いですね。
クラフトマンシップを感じます。

chapter 2

イメージを
カタチにする技術

イメージをカタチにする技術

炭の微妙な調整で味をコントロールする榊原さん

— シーシャを作る
技術の高い人ってのは、
どういう人のことを
言うんでしょうか。

— シーシャを作るのが上手い人って、味の見通しがすごい立てられる人なんですよね。ここにあとアレを少しくわえれば、あの味にできるな、みたいに、どんな味にするためには、何をどう組み立てれば、あるいはどう調整すればできるかというのを、イメージできる人ですね。

— ある味のイメージを、
具体的に
カタチにできる人
ということでしょうか。

そうですね。そこは自分の課題でもあるんですけどね。感覚的なことを理論化していく、理屈化していくということころは、もっともっと追究したいです。
あとは、一口にシーシャを作る人といっても、大きく二つくらいに分かれて、同じ味を磨き上げて行く研究者のようなタイプと、新しい味を生み出すクリエイター的なタイプの人がいます。

— 榊原さんは
どっちのタイプだと思いますか。

僕はどちらかというと、後者のタイプが性に合っている気がします。

— 新しい味を
生み出すにあたって、
どういうものを
ヒントにするというか、
どういうものを
取っかかりにしてますか。

お客さんのオーダーから発想していくことは多いですね。今、イメージを味に落とし込んでいくということを言いましたけど、それは自分の中のイメージを味にという意味でもあるんですが、お客さんの頭の中のイメージを味に落とし込んでいくということでもあります。
お客さんのオーダーというのは、当然なんですけど、大抵どのフレーバーをどうしてくれ、というものではなくて、「何となくこんな味」、「こんな気分」という、ニュアンスでのオーダーなので、それを具現化するのは難しいですし、反面、面白くもあります。だから自分がイメージをめぐらして、お客さんに出したものを「うまい!」って言ってもらえると、すごく気持ちいいですね。

chapter 3

歌舞伎町のナンパ塾
にもヒントがある

歌舞伎町のナンパ塾にもヒントがある

そういう意味では、僕はシーシャそのものに没頭してモノづくりを追究しているというよりも、ベクトルは人に向いていて、自分自身を職人ではなくてサービスマンだと思っています。そもそもシーシャ自体、本来はコミュニケーションツールだったりするんですよね。もちろん一人で黙々と味わうってのも自由なんですけど、みんなで1時間も2時間もダラダラとチルしながら、「おたくが吸ってるそれ、どんな味なの?」みたいに知らない人同士で交流したりするのが楽しいんですよね。だから僕も、お客さんとインタラクションをするのが楽しいですし、シーシャを作ることそのものよりも、接客が軸にあります。お客さんと話して、キャバ嬢とかホストみたいに自分に客がつくのがうれしいですね。そのために、サービスマンとしてのヒントになるようなことは何でもやっています。他の飲食店で何か参考にできるものは無いかって、いつもアンテナを張ってます。
そうそう、サービスマンって意味では、ナンパ師ってそのプロの一つだなって思っていて、歌舞伎町にナンパ塾があるそうなんで、プロからナンパのやり方を学んでみたいです。

— ナンパを教えてくれる
塾なんてあるんですね。

元ホストかなんかの人が講師で、ひとまず参加者がナンパしてみて、それに対して「距離を詰め過ぎだ」とか、「一人のターゲットで粘り過ぎだ」とか、いろいろアドバイスくれるそうなんです。独学でやってたのとは違う学びがあると思うので、今度行こうと思います。

歌舞伎町のナンパ塾にもヒントがある

— 何の話でしたっけ。

えーっと、コミュニケーション。人の能力は代替品や代替の人がいますけど、コミュニケーションって、その人じゃないといけないじゃないですか。シーシャ屋の店長をやることも、ナンパも同じで、人と向き合うことだと思うし、僕はそれが楽しいんです。さらに自分に客がついたらなおうれしい。

— 何がコツですかね。

分かんないですけど、自己開示っていうんですかね。自分を出来るだけ曝け出すというか。もちろん、相手のことをよく観察したり、こうアプローチしたら笑ってくれるかなとか、いろんなことを考えたりするんですけど、結局は素になることで、周りに受け入れられるかが決まる気がします。

— 同世代が今まさにやってる
就活とかどう思います?
もはや誘導質問ですけど。

ばかばかしいですね。就活。気持ち悪い。取り繕ってばっかりで。僕はああいうことはしたくないんで、もうちょっとここで働いてお金貯めて、ユーラシアを1年くらい放浪したら、自分の飲食店を作りたいです。心地いい居場所を作ってみたいんです。きっとそこは、僕にとっての居場所にもなるんじゃないかと思います。

榊原さんは、
多くの人が選択する社会人生活や、
そこへの入り口としての
就職活動に否定的ではあるものの、
そのインタビューはまるで、
顧客の心をつかむ、
敏腕営業マンの話を
聞いているようだった。
右脳と左脳を行き来し、
イメージとカタチを行き来し、
自分と他者を行き来し、
自然体で関係を結ぶ。
そんな在り方を日本の
「人材市場」は求めているはずなのに、
彼はそれをするりと交わして
自分の道を行こうとするのは、
いったいなぜだろうか。