[蜘蛛]がスキ!
[蜘蛛]がスキ!
00008 YUYA SUZUKI

[蜘蛛]
がスキ!

profile

鈴木佑弥

筑波大学 3年 静岡県出身。
幼少期より蜘蛛の格好よさに惚れ込み、とくに捕食行動における『緊張感のある命のやり取り』に強い興味がある。大学では蜘蛛の研究をする傍ら、東京蜘蛛談話会(http://www.asahi-net.or.jp/~hi2h-ikd/tss1.htm)に観察記録を載せている。
また、日本の研究業界が閉鎖的であることに疑問を持ち、マニアのような熱量を持ちながらも、俯瞰的な考察力・大衆向けの発信力を持つ研究者が増えることが解決に繋がると考えている。(以上は取材当時)

 今、密かに日本の研究業界がピンチだ。旧態依然とした環境に固執した結果、時代の変化に取り残され、研究予算の削減や若者の理系離れなど、根深い問題に直面している。今回の主役、蜘蛛の学生研究者である鈴木佑弥さんも、問題を危惧する一人。変化の激しい現代で、研究者はどう生きるべきなのか。鈴木さんが考える、研究業界の未来に注目した。

chapter 1

情報は必ず、現地調達

— 鈴木さんは実に500種類もの蜘蛛を瞬時に見分けられるそうですね。先ほども蜘蛛を見つけて紹介していただきましたが、感動しました。神業です。

小学3年生の頃から蜘蛛が好きで、とくに捕食行動における緊張感に惹かれます。現在でも、時間があれば山に採集をしに行っています。

— でも、小さい頃から蜘蛛を観察していて「またこの蜘蛛か…」なんてことになりませんか。

同じ山に行っても、同じ蜘蛛を発見しても、新たな発見は絶えません。ほんの少しの違いかもしれませんが、観察し続けることで気づけるようになります。

— そのモチベーションは「スキ!!」から来ているわけですね。

もちろん、強い愛情がなければできません。あとは、蜘蛛の真実を解き明かしたい、自分の目で確かめたい、という気持ちが強いですね。
例えば、蜘蛛の種類を見比べる、捕食行動や網の張り方を調べようと思えば、昆虫図鑑やインターネットで、あっという間に検索できます。そのとき、多くの人は記載された情報がどこまで正しいかを考えず、思考停止して受け取るだけです。
しかし、それら二次、三次情報はひとりの研究者の意見を転用することが多く、多人数の意見を考慮したものではありません。検索して、すぐにたどり着ける情報から漏れるなにかを、私は発見したいと考えています。

— 持つべきは一次情報である、ということですか。鈴木さんが言うと説得力があります。

研究業界、とくに生物学の分野ではフィールドワークを行うことは珍しくありません…と言いたいところですが、研究者の間でも徐々に足を使う人が減ってきました。インターネットを活用するのは良いですが、そこで得る情報はある意味、誰でもたどり着ける情報です。オリジナルな発見、発想をしたければ、インターネットで得た知識を振りかざすのではなく、足を使って現地調達する。これはどんな活動にも通ずることではないでしょうか。

chapter 2

研究を、開かれたものにする

— 研究者の間でフィールドワークする人が減っている、というお話がありました。他に危惧されていることはありますか。

日本の研究業界はあらゆる面でオープンでない、ということですね。

— オープンでない。つまり、研究者と外部との交流がないということでしょうか。

そうですね。外部もですし、研究者同士の情報交換もほとんどありません。
日本では専門分野の違いによって施設が区分けされており、自分の専門以外の情報が入ってきません。また、他分野の知識を得るには、外の世界に出ていく必要がありますが、都心から離れた場所に施設があるため、難しい。あらゆる分野の研究を結びつけることが重要になってきた現代で、今の状況は致命的です。
それに比べ、海外の研究施設は比較的オープンラボ化しています。研究室の壁すらない場所もあるそうで、研究者の活発な意見交換ができています。

— オープンラボは、外部との交流においても重要そうですね。

実際、アメリカではベンチャー企業との関係が強固で、応用研究のビジネス化が頻繁に検討されます。一方、日本の研究業界は企業との繋がりが薄く、ビジネス化しづらいとされています。

— 一生懸命研究したのに、社会に出ていかないのは悲しすぎますね…。

今は、蜘蛛の研究も進み、「アツい」分野になってきていますから、なんとかしたいですね。でも、実は最近、若い研究者の間で「研究成果を独占してはいけない」と積極的に交流する場が増えているんです。ips細胞で有名な山中伸弥さんをはじめ、日本の研究業界の変革を目指す方が増えてきたことで、少しずつ良い方向に変わりつつあると感じます。

chapter 3

研究者だって、変化し続けないといけない

— 研究業界は一般人からすると、別世界のように感じていましたが、激変する時代の波を大きく受けていることがわかりました。

時代にサーフする、と言いますか…変化しながら、その時代に適した研究姿勢でいなければいけないと思います。
最近考えているのは、AI(人工知能)との共存についてですね。

— 研究をAIに任せるのは難しいのではないですか。聞いている限り、とても単純作業とは思えません。

いえ、AIが力を発揮する場面は必ずあります。例えば、蜘蛛の糸について研究するとして、多くの蜘蛛のサンプルが必要だとします。その場合、研究者はフィールドワークを行い、採集したサンプルを持って帰ってきて、地道に調べていくわけです。
ここで、画像解析や過去のデータから瞬時に「答え」を導き出すのが得意なAIであれば、研究者が蜘蛛を見分けるより早く、多くのことを分析してしまうかもしれません。

— 研究者は採集をするだけの人になってしまうかもしれない。

起こりうる未来です。では、どうすれば良いのか。答えのひとつは、研究者がクリエイティビティを持つことにあるかもしれません。
つまり、研究成果を「誰と、どのように」生かすかまで、発想できるようになるべきだと考えています。生物学ではありませんが、トーマス・エジソンがとても参考になります。彼は、電球を始め1300もの発明をした偉大な人物ですが、その素顔は発明家であり、研究者であり、そして、実業家でもありました。研究成果を具体的な製品に落とし込み、いくつものビジネスを立ち上げていることを見れば明らかです。

— 研究者が、アイデアの誕生から社会に機能するまでを面倒見るということですか。

もちろん、研究者だけで全てができるわけではありません。しかし、研究成果を社会で機能させるときに、誰かに丸投げすることは今後、無くしていく必要があります。

— AIに負けないくらい、一瞬で大量の蜘蛛を見分けられるようになってはダメですか。

もちろん、その勝負だって負けません笑

「スキ!!」は強力だが、ときに諸刃の剣でもある。ひとつの対象に情熱を注ぎ過ぎて、気づかぬうちに視野が狭くなっていることがあるからだ。その点で、鈴木さんは自らのスキ!!をコントロールし、1mm規模の蜘蛛の世界と日本の研究業界とを、行き来して思考する力を身につけていた。最後に「解決の『糸』口は見えてきています」と、洒落を口にして、また別の蜘蛛を探しに行った鈴木さん。
激変する時代、研究業界の未来が楽しみだ。