[夜行列車]がスキ!
[夜行列車]がスキ!
00009 YUTO SUZUKI

[夜行列車]
がスキ!

profile

鈴木悠斗

慶應大学 4年 茨城県出身。
高校生時から現在まで、夜行列車を使っての日本一周旅行を継続中。大学4年生時には、廃車が続く夜行列車の活性化を目的とした、鉄道会社・旅行会社・地域の三位一体型ツアーのシステムについて企画・研究を行った。(以上は取材当時)

 便利な時代だ。欲しいアイテムは、安く、早く手に入れられる。道に迷えば、アプリで案内してくれる。情報技術発達の過程では、予想外の出来事が常に淘汰され続けている。
そんな現代社会において、今回のテーマである夜行列車は特異な存在だ。「安い・早い・乗車確実-乗車チケットの入手が簡単-」の三拍子が揃った「便利」な電車や新幹線が増える中、夜行列車はその逆「高い・遅い・乗車不確実-乗車チケットの入手が困難-」。そんな夜行列車を「不便で結構」と、愛し続ける学生がいる。今回の主人公、鈴木悠斗さんだ。日本全国を旅することが趣味の鈴木さんが、どんなに不便でも、断固として夜行列車に乗り続けるのは何故なのか。その真意を探ってみた。

chapter 1

現代人が無くした、「ちょうどいい」人間関係

— 旅先での思い出を多く作るなら、移動は快適かつ効率的にしたいと思う人がほとんどだと思います。その点で、夜行列車は電波が届かなかったり、密室で窮屈であったりと、不便に感じてしまいます。それなのになぜ、夜行列車にこだわるのですか?

不便なことによって「偶然の出来事」が起こることがあり、それが僕の楽しみだからです。以前、こんな出会いがありました。現在は廃止になってしまった、上野〜札幌間を走る寝台特急トワイライトエクスプレスに乗ったときのお話です。
ーートワイライトエクスプレス号の完全廃止の半年前。チケットを入手できなかった私は、出発駅である札幌まで行き、発車5分前に奇跡的にチケットを入手できました。乗り込み、他の乗客から祝福される中で、ひとりの高校生と仲良くなりました。それから半年後、残念ながら北斗星号のチケットも入手できなかった私は、またも発車5分前に現地でチケットを入手できました。乗車すると隣の席の乗客が「半年前にもギリギリで乗り込んだ方ですよね?」と話かけてきました。なんと、以前に仲良くなった高校生だったのです。ーー
夜行列車は密室がゆえに同じ空間を共有し、自然と交流がおきます。また、チケットを取るために札幌まで行ったことで、素晴らしい再会がありました。不便な環境だからこそ、魅力的な「偶然の出来事」が起こりやすくなっているのだと思います。ちなみに、その高校生とは連絡先を交換していません笑

— 運命的な出会いなのに、勿体ない!

そう感じますか笑
多分、現代人のほとんどがそう思うのでしょうね…。
連絡先を交換しないのには、理由があります。それは、出会った人との思い出を美しいまま、保存しておきたいからです。

— それは記憶の中で、ということですね?

そうです。
今の時代、連絡先を交換すると、SNS上で相手の行動を逐一見ることができたり、過去の思い出を覗くことができます。そういう気持ちがなくても、システム上、勝手に表示されることも少なくなく、ある意味、相手を監視するようなものです。

— 様々なコミュニティの人と、SNS上で常に繋がっていることでストレスを感じる。でも、止めると不安になる。

夜行列車で出会い、交流した相手は僕の中で夜行列車の思い出とともにあります。列車を降りた後に干渉しあわないことで、車内では普段話せないことや悩みを、気兼ねなく打ち明けることができる。そして、「いつかまた会いましょう、夜行列車で。」と、別れます。
いつでも連絡がとれる、相手を監視できることで、現代人は疲れています。夜行列車に乗り込むべきだ、ということではありません。でも、ちょうどいい人間関係でいられるコミュニティを持つことは、超情報社会で生きる現代人に必要になってきているのではないでしょうか。

chapter 2

はみ出した情報こそ、面白い

— 夜行列車が偶然性を誘発する場所だとしたら、現代社会はその逆と言えるかもしれません。優秀なサービスに囲まれ、イレギュラーはほとんど起こらない。

いろいろな意見があると思いますし、悪いことではありませんが…。自分が設計した日常から大きく外れないのは、快適な一方で一抹の気持ち悪さを覚えます。
必然性に溢れた社会ということで言えば、最近はSNSがタコツボ化していると言われていますね。SNS上で自分が繋がりたい相手や欲しい情報を提示してくれるので、多種多様な情報に触れているようで、実際は出会うべくして出会っていることが多い。

— 一人の人間が持つ情報のバラエティが、どんどん縮小していっているとも言えますね。

でも、社会に革新的なモノを提供しようと思ったら、その状態は危険ですよね…。イノベーションは新結合である、と定義した経済学者の言葉を借りると、これまで出会わなかった情報同士を結びつける力が重要になるはずです。
実は私も、私生活は完璧にタイムマネジメントする性格なのですが、何度も夜行列車を利用する中で、気づいたことがあります。

— どんなことですか。

必然性に溢れた生活を送っていることで、自分が偶然の出来事にもの凄い敏感になっているということです。「今日の車掌のアナウンス、どこか変だぞ」とか「今日は静かな乗客が多いな」など、偶然出会ったユニークな情報を無意識に取り入れていることに気づきました。私はこれを「はみ出した情報」と呼んでいます。

— はみ出した情報、いいネーミングですね。

そうかな笑 
でも、はみ出した情報に気づく癖が付くと、私生活でも幅広い情報が入ってきて面白いんですよ。見過ごしてきた情報がこんなにも多かったのか、とも思いましたね。
多分、社会には私のような性格の人が多くいるはずで、その人たち全員、はみ出した情報に気付くチャンスを持っているのだと思います。

chapter 3

肩書きと虚栄を脱ぐ場所

— だんだん夜行列車に乗りたくなってきました。

いいんですか?密室で、テレビも電波も娯楽も無い。夜行列車にあるのは、乗客、つまり人しか「あり」ませんよ?笑

— 覚悟はできています笑 それに、自然と交流が生まれる状況を体験してみたいです。

交流が生まれる理由を密室だからと話しましたが、もう少し分解すると。夜行列車内のように人は「便利」が失われると、一気に素直になるからだと思います。弱くなる、と言えるかもしれない。SNS上では皆、あらゆる肩書きを載せたり、活動を発信し続けて、常に自分を誇張していますが、夜行列車に乗っている間は今の自分がただそこにいるだけ。お互いに話しかけたり、ビールを分けてくれたりするのは、人がありのままに戻るからではないでしょうか。

— なるほど。

あとは、日本人が空気を読む力に長けているのも関係していると思います。誰かが率先して声掛けし、交流を始めるのではなく、乗客同士のアイコンタクトでさりげなく交流が始まっていく。少し感覚的になってしまいますが、空気を読むってすごいなと、素直に驚きました。

— 空気を読むな、とよく言われますが、悪いことばかりではないのかもしれませんね

大げさかもしれませんが、被災地のような極限状態での結束力が世界的に評価されるのも、空気を読む力があってこそだと思います。身近な例だと、学術的に、満員の駅のホームや道などで日本人がぶつからずに歩けるのは、空気を読む力、空間を把握することに長けているからだそうです。

— 取材を通じて、鈴木さんが夜行列車にこだわる理由に心から感心しました。

夜行列車は一見、現代社会で浮いた存在かもしれません。
しかし、現代人が忘れてしまったもの、潜在的に求めているものに気づかせてくれる場所なのだと、私は思っています。

取材後、鈴木さんがふと呟いた。
「もし、人生がレールだとしたら、私たちはどんな列車に乗っているのでしょうね。」
規則正しく動ける電車。期待通りに目的を達成する新幹線。いつの時代も、求められるのはそんな列車たち。しかし、それだけが豊かな人生とは限らないはずだ。疲れてしまうことだってあるだろう。だから、偶然の出会いや見過ごしてきた情報を楽しむ、夜行列車のような生き方をする時があっていいのかもしれない。列車の行き先は、自分で決められるのだから。